クラブ情報 正式チーム名 一般社団法人 京都紫光サッカークラブ 経歴 大正11年創部 京都師範学校OB (社会人チーム) 昭和44年サッカー協会、スポーツ少年団 (小学校、中学校)登録 平成 8年サッカー協会、女子登録 平成17年サッカー協会、シニア登録 平成25年一般社団法人設立 現在に至る 所在地.. 京都紫光クラブ【トップチーム】. 17 likes. 京都紫光クラブトップチームの公式ページです。
京都紫光サッカークラブ(きょうとしこう サッカークラブ、Kyoto Shiko Soccer Club、京都紫光クラブ)について、以下の2つがあり、それぞれこの記事内で記載する。
- かつて存在した日本のサッカークラブ。1922年に京都府師範学校のOBのサッカークラブとして創部した。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟する京都サンガF.C.の前身となったクラブ。
- 上記の京都紫光クラブから分かれる形で発足したサッカークラブ。
京都紫光クラブ(1922年 – 1993年)
概要
1922年、京都師範学校のOBが中心となって蹴球団が創設 されたが、その後に消滅した。1937年、「京都紫郊クラブ」の名称で再発足した。
1953年、第8回国民体育大会に参加(初の国体出場)、教員の部で準優勝した。1954年、京都紫光クラブに改称。1956年、第36回天皇杯に初出場したが、初戦(1回戦)で中大クラブに敗退。1958年から教員以外の入部を受け入れ、市民クラブとなった。
1965年に創設された関西サッカーリーグに加盟。また、この年に創設された全国社会人サッカー選手権大会(以下「全社」)の第1回大会に出場した。関西リーグ加盟以前は部員の自費で活動費用を賄っていたが、リーグ加盟による遠征等の増加によりクラブ運営費が増大したことを契機に、運営費確保のため、サッカースクール事業を開始する。京都府立山城高等学校サッカー部の監督を務めた森貞男、選手の嶋谷征四郎らが中心となり、山城高校サッカー部の練習前に地元の小学生を対象に指導を行い、松山吉之、松山博明、奥野僚右ら、多数のJリーガーを輩出した。
1969年に関西リーグ初優勝。1972年、日本サッカーリーグの2部発足に伴い加盟。1974年、全国リーグ参戦によるクラブ運営費の高騰を受け、嶋谷の友人である長澤紙化工業株式会社(現: 株式会社エヌワホン)社長の長澤浩三が資金援助を開始した。1976年の第56回天皇杯で山口教員団(現:レノファ山口FC)を破って天皇杯初勝利を挙げた。1977年、第2回JSLカップでベスト8に入った。
1978年はJSL2部で最下位に終わり、入替戦でヤマハ発動機(現:ジュビロ磐田)に敗れ関西リーグに降格した。翌1979年は関西リーグ優勝。初出場となった第3回全国地域リーグ決勝大会は決勝リーグ2位の成績を収めたが、JSL2部・地域リーグ入替戦では帝人に敗れた。
1988年、第24回全社で中央防犯(現:アビスパ福岡)やマツダオート広島などを破り初優勝。また、関西リーグで4回目の優勝を飾る。第12回全国地域リーグ決勝大会は東京ガス(現:FC東京)や読売サッカークラブ・ジュニオールに競り勝って、決勝リーグ2位の成績。1989年にJSL2部に再昇格した。
1992年、ジャパンフットボールリーグ(JFL)発足に伴い、JFL2部に加盟。準優勝で1部昇格を果たす。1993年に長澤紙化工業株式会社の関連会社である株式会社教育研究社(2004年8月解散)が正式に母体となり、クラブ名称を教育研究社FC京都パープルサンガに変更。プロ契約ではない選手の多くは、練習後に株式会社教育研究社で勤務した。8月10日、弁護士の桂充弘とクラブのメンバーらが中心となり、「京都にJリーグを」市民の会が設立された。市民の会が実施した署名活動では、約25万人の署名が集まった。市民の会が経済界に働きかけて、11月27日、京セラを中心とした運営会社を発足し、株式会社教育研究社から正式にクラブの運営権が継承されることが決定した。
1994年1月11日、運営会社となる「株式会社京セラパープルサンガ」を設立。資本金は18億2,000万円で、その内の京セラが10億円、任天堂が3億円を出資した。また、クラブ名称を「京都パープルサンガ」とすることも決定し、6月に名称が変更された。
成績
主な成績・タイトル
リーグ戦
- ジャパンフットボールリーグ2部
- 準優勝 : 1回 (1992)
- 関西サッカーリーグ
- 優勝 : 4回 (1969, 1971, 1979, 1988)
- 準優勝 : 3回 (1966, 1967, 1986)
カップ戦
- 全国社会人サッカー選手権大会
- 優勝 : 1回 (1988)
京都紫光サッカークラブ
概要
サンガ(その後の沿革は当項目を参照)の運営会社発足を機に、アマチュアとして選手活動を続けていく選手は2つのサッカーチームに分かれた。
1つは練習生の受け入れ先となった教育研究社FC。
もう1つは従来通りのあり方で活動を続けて行こうとしたメンバーにより設立された「京都紫光サッカークラブ」である(以下、社会人チームと称する)。再設立から一貫して企業母体を持たず、参加者から活動費を集めて運営している。
3種・4種年代(以下、少年団と称する)はサンガ運営会社発足後、紫光クラブの名前を残したままサンガの下部組織として活動を行っていたが、サンガが独自に3種・4種年代の組織を構成したことにより関係が消滅した。
1996年には、少年団側で女子チームが誕生した。
新規に発足した社会人チームと、旧来から活動を行っていた少年団は、名前は同じでありながら別団体として長年の間活動を続けていたが、2005年のシニアチーム発足を機に、社会人チームの監督の小池正樹・豊浦太郎らを中心に、組織の一体化へ向けた活動を開始。2013年に一般社団法人京都紫光サッカークラブが発足した。法人化に際して「創設100年となる2022年にJリーグで京都ダービーを実現するべく、近い将来のJ3参入を目指す」と宣言したが、その後Jリーグ参入を目指す文言は取り消している。
2025年4月3日、トップチームの運営を京都紫光クラブ株式会社に移行。再び中長期的なJリーグ参入を目標に掲げ、資金力の強化、経営基盤の安定化を図ることとなった。
2025年5月1日、2023年シーズンから監督を務めていた井上雄貴(元レイジェンド滋賀FC)の退任および赤倉一行(京都紫光クラブ株式会社代表取締役社長)の監督就任を発表した。
チーム構成
- トップチーム
- シニアチーム
- 女子チーム
- 紫光サッカーキッズ (幼児から小学校6年生)
- ジュニアユース(U-15、U-14、U-13)
- ジュニア
- 小学校高学年(U-12, 11, 10)
- 低学年・幼児(U-9, 8, 7, 6)
トップチームの成績
タイトル
リーグ戦
- 関西サッカーリーグ2部:1回
- 2015年
ユニフォーム
ユニフォームスポンサー
ユニフォームサプライヤー
- 1998年 – 2002年:PUMA
- 2003年 – 2012年:Mizuno
- 2013年 – 現在:GAViC
歴代ユニフォームスポンサー年表
歴代所属選手
- 川勝良一(1989年-1990年)
- 小松晃(1990年-1992年)
脚注
外部リンク
- 京都紫光サッカークラブ
- 一般社団法人 京都紫光サッカークラブ
- 【公式】京都紫光クラブ (@kyotoshikoclub) – X(旧Twitter)
- 京都紫光クラブ (KyotoShikoSC) – Facebook
- 京都紫光サッカークラブ (@shikosoccer) – Instagram
京都紫光サッカークラブ 京都紫光サッカークラブ
京都紫光サッカークラブLadies 2019 関西女子サッカーリーグ 【Div.2】第5節の試合結果 vs 海南FC SHOUT(和歌山県
京都紫光sc 紫光女子サッカー NNIWK
京都紫光サッカークラブ 京都紫光サッカークラブ
京都紫光サッカークラブ新着情報
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ジュニアユース 京都紫光サッカークラブ
京都紫光サッカークラブ
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京都紫光サッカークラブ 第14回京都シニアサッカーフェスティバル2019 先日トーナメントの抽選会があり、 紫光クラブシニア(40の
京都紫光サッカークラブ Ladies / Twitter
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チームについて 京都紫光サッカークラブ 京都府 1部 所属
ジュニアユース 京都紫光サッカークラブ
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京都紫光クラブは、「文武一道」の理念のもと、サッカーとビジネスの両立を目指すプロサッカークラブです。3年でJFL昇格、さらにはJリーグ参入を目指し、個々の可能性を最大限に引き出すことに挑戦しています。. 京都紫光クラブは1922年創設の歴史あるサッカークラブで、「文武一道」をスローガンに人間力と競技力を重視。Jリーグ参入を目指し、地域密着型の活動を進めています。